「会社にとらわれず自由に生きたい、海外に行きたい」という思いだけで起業しました

 

「会社にとらわれず、自由に生きたい」

「海外に長期滞在して、語学学校に行ったり現地の人と交流したい」

僕はこのような思いから2015年3月末で会社を辞め、報酬0円のままパソコン1台で起業しました。

以前勤めていた職場は地元のとある大学で、僕はそこで営業と事務職をしていました。
営業の仕事は、高校生相手に大学の紹介をしたり将来の相談に乗るもので、元々大学時代のキャリアカウンセラーの先生に憧れて学生の相談に乗りたかったので、夢がかなっていました。

さらに、高校生も大学生も僕のことをしたってくれる人が多く、学生さんたちみんなが大好きでしたし、学生と関わっているときは本当に楽しかったです。そして、営業も特にノルマがあるわけでもありませんでした。

ただ、学生と関われる時間は少なく、そのほとんどは事務作業でした。
事務職は世間でも人気で、僕自身「いい仕事につけた、これで安定して暮らせる」と思っていましたし、母も僕の仕事を喜んでくれていました。

しかし、毎日同じ時間に同じ職場に通い、似たような事務作業を繰り返し、残業で遅くまで残り、人間関係で疲れるたびに、「俺はこのままでいいのか?」と本気で悩むようになってしまいました。

 

「このまま平凡に朝から晩まで会社に使われて終わるのか?」

「高校時代から夢だった海外生活はできなくていいのか?」

 

いつしか、こんな思いが僕の中から消えなくなりました。

 

「自由に生きる」と決めた、僕の人生が変わった瞬間

 

そうして毎日悩み、昔の夢だった薬剤師になるべくもう一度受験をしようか、医者を目指そうか・・・

色々考えてたくさんの本を読みましたが、「どうなったとしても、結局企業や組織にとらわれる意味では一緒」だと思い、なかなか一歩を踏み出せませんでした。

また、大学事務の仕事を辞めるリスクをとってまで目指す意味は見出せませんでした。

 

しかし色々な本を読んでいく中で、「パソコン1台で自由に世界を旅する」という生き方があると知り、そこから僕の人生は大きく変わりました。

 

数日中に仕事を辞める算段を整え、部長に話をしました。
優しくて暖かくていつも僕のことを考えてくれた部長だったので、退職の話は辛かったです。

その他の友達や知り合いに相談した時は、

「本当にそんな生き方叶えられるの?」

「それをしてどうなるの?」

「3年は会社を辞めちゃだめだよ」

みんな心配して色々なアドバイスや意見をくれました。
僕のことを考えていってくれるみんなの言葉はすごく嬉しかったです。
母にもずっと迷惑をかけ続けていて、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

でも、それでも

 

「人生は有限、始めるなら少しでも早い方が良い」

「このまま年を取っていくのは嫌」

 

という思いはもう止められず、部長の反対を押し切って仕事を辞めました。
今は後悔は全くありません。

 

そして2015年4月、僕のパソコン1台での起業人生が始まりました。

 

起業後は、毎日パソコンと格闘する日々

 

起業後は、地元で一日中、図書館やカフェでパソコンと向き合う日々でした。
特に最初の2か月は報酬がほぼゼロに等しく、先の見えないトンネルをもがきながら進んでいる感覚で、非常に辛かったことを覚えています。

世間体的にあまり周りには相談できないし、貯金を切り崩して生活しているのも辛かったです。

友達の誘いを断り、服を買うことをやめ、ライブに行くことをやめ、彼女と上手く行かなくなり振られ・・・・たくさんのものを犠牲にして仕事だけに集中しました。

 

大阪あいりん地区で自分を追い込む

途中、自分にさらに追い込みをかけるべく大阪あいりん地区の安宿に住みつき、毎日パソコンだけと向き合っていたこともありました。あいりん地区は、日本唯一のスラム街などとも言われ、大阪に昔から住んでいる人でも近寄らない所です。

そこでは、1泊900円~2000円ほどの宿がたくさんあります。

 

あいりん1

 

これは僕が当時住んでいた1泊1300円の宿です。

苦手な僕には少々辛い、タバコのにおいが染みついた部屋。
置いてあるのは扇風機、時間制限のある冷房、定期的にゴーゴーと大きな音を立てる冷蔵庫、小さな机、テレビだけで、3畳一間です。トイレ・風呂はもちろん共同です。

食費を削っていたので、元々ガイコツのような体ですが、2か月でさらに5kg痩せ、あやうく40キロ台に突入しそうでした。

当時は、どんなに頑張っても成果が伸びず、大阪ミナミ、あべのhoopのマクドナルドで泣きながら仕事をしていた時もありました。

「どれだけサイトを作ってどれだけ記事を書いても報酬が上がらない、いつまでこの辛い毎日は続くんだろう・・」
そんなことを考えて不安に押しつぶされそうになったこともありました。

ですが、それでも諦めずに未来を信じ、毎日毎日ただただサイトを作り続けました。
3畳一間の部屋には本当に何もなく、そのおかげもあって仕事だけに集中できていました。

 

あいりん地区時代の頑張りが形になって現れてきた

2か月のあいりん地区滞在後、地元に戻らなくてはならない用があり、そこからはまた地元で仕事をしていました。

すると、帰ってすぐにあいりん地区時代に一心不乱に作ったサイトからの成果がどんどん増え始め、元が本当に小さいですが、1ヵ月の売り上げが4倍になりました。

それでも全く生きていけるような報酬ではなかったのですが、これは僕の大きな成功体験になりましたし、このころにはサイト作成のノウハウもだいぶ身についていました。

この仕事を始めるまでは、サイトなんて簡単な無料ブログを3日坊主したことが2,3回ある程度で、なんの知識もありませんでした。でも今では、自分でドメインを買い、サーバーを契約してワードプレスをインストールし、サイトの検索順位を上げるSEO対策・・・などなど、色々なことができるようになっています。

しかも、それで自分がお金を稼いでいるという事実がすごく嬉しいです。

 

起業から8か月、タイのチェンマイへと出国

僕は今、この記事をタイ第二の都市、チェンマイのカフェで書いています。

僕はチェンマイの学生街にホテルを借りて住んでいるのですが、チェンマイは人がみんな本当に暖かく、カフェに通っているとすぐに友達ができます。基本は英語ですが、勉強しているタイ語でコミュニケーションをとることも多いです。

海外で現地人とコミュニケーションをとることは漠然とした夢でしかなかったのですが、それが叶った今、想像を絶して楽しく、本当に来てよかったと感じています。

 

僕はこれまで、自分の夢を何一つ達成したことがありませんでした。

人生で最も頑張った受験でも、高校・大学ともに失敗して第一志望に行けたことがありません。大学に落ちた時は一周回って涙も出ませんでした。

でも、今は8か月前に夢見た、海外で現地の人と交流するという夢を叶えられています。
初めて、心から人生楽しいって思えました。
死にたいとか考えたことは昔から何度もありましたが、生きてきて良かったです。

 

タイのチェンマイにきて、自信がついた。そして、これから先の夢

今は毎日、午前中はホテルのロビーで仕事をし、昼頃から外に出てカフェで仕事をしたり、現地の友達や同じ働き方の日本人の仲間とご飯に行ったりしています。

正直、報酬はまだ低く誰かを養えるような金額ではないので、まだまだ仕事中心の毎日です。
ですが、ここまでの8か月間頑張ったこと、そして今回タイで仕事をしながら生活してみて、努力すれば夢は叶えられると自信をもてました。

これからは、他の国でも同じようにPC1台で仕事をしたり現地人と交流し、報酬を伸ばしていきます。
そして来年中には「同じように企業にとらわれて働くことに疑問を持っている人」が自由になる手助けをする人になります。

読んでいただいてありがとうございました。

コウ

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