パスポート変更からのESTA再申請、めちゃ簡単だった。再承認。

ということで今もペルーにいます。 「ESTAの再申請、通った。」 ので報告します。 ・ESTAの再申請とは ・どうやったのか ・どのくらい申請から許可までかかったか などについて書こうと思います。   ESTAの再申請が必要だった理由 僕が再申請をしなければならなかったのは、 「ペルーでパスポートを更新し、パスポート番号が変わったから」 です。   新しい番号での申請 パスポートを更新すると、パスポートの番号が変わってしまいます。 そのため、再申請が必要になるんです。   ESTAの再申請は通常の申請と同じ流れ 全くもって変わりない、そのままのやり方です。 特に再申請かどうかとかの質問もありませんでした。 新しいパスポート番号で申請しました。   ESTAの再申請が承認されるまでの期間 3日はかかると踏んでいたのですが、まさかの、 「体感1時間くらいで承認」 されました。 覚えていないのですが、超早く承認されました。 ラッキー。   ペルーの移民局へのある申請 もう一つやらないといけない申請があって、それがまあまあめんどくさい。 ペルーでパスポートの番号が変わったから、それを移民局に知らせるということをしなければいけません。 それが結構だるい。 想像の10倍くらい入力項目がある。   いっぱい電話した 今日は3回オペレーターと話しました。 ですが今日聞いたところでは、なんと24時間体制でオペレーターの人たちが働いているということで、夜でも朝でも質問できるとのこと。 ラッキー。 ということでした。   カナダ人の友達が引っ越した 仲良くしてくれているカナダ人友達が他のホステルに今日引っ越したのがちょっと寂しかったのですが、明日また遊ぼうということになり、それは楽しみだ。 また、代わりにオーストリア人が僕のホステルに来ているらしいので、その人がどういう人かも楽しみではある。 また、ペルー人の友人もホステルにいるので、なんだかんだ楽しいまま。 まあそんな感じで明日に備えて幾つかのことします。 ほなね。 コウ

自分別人すぎて笑えるし嬉しい。ペルーのクラブでダンス。

こんにちは、ペルーなうのコウです。 「自分が本当にどんどん別人になってる。」 と感じています。 多分、本来の自分になっていっているのだと思う。嬉しい。   友達とクラブやバーで踊る? 日本にいた時はクラブというものが嫌いですらあった。 お酒を飲むのは好きだったけど、昔の彼女ととか仲良い友達とかとバーにいって座って飲む以外は基本全然好きじゃなかった。 し、特に踊るとかありえなかった。   ペルーのクラブ的なところで一人で踊る これがありえない。 本当に昔の自分ではありえない。 ダンスとか恥ずかしくてできなかったし、まあ踊り方を全く知らなかったのもでかいけど。 まあとにかく、 今はペルーのクラブ的なところで人が周りにいて誰も踊ってなくても関係なく一人でガンガン踊れるようになってる。 本当にこれはまだ信じられない。。   酒は飲まない 踊るけど、酒は飲まないと決めてる。 飲んだら踊る時気持ち悪くなるし、それに外国には焼酎や緑茶ハイがないから飲む気にならない。   今日も踊った 今日もカナダ人の友達と一緒にクラブ的なバー的なところにいって、そこにいつもいるペルー人の友達やら従業員達と話してた。 でも途中で踊りたくなったから踊った。 そしたら本当に楽しくて、それに周りの人たちも楽しそうにしていて、一緒に踊ったりした。 本当、人生変わりすぎていて信じられない。 これが楽しい人生かあと思う。   ペルーで英語・スペイン語を話し、バーでダンスをする自分 こんな自分になるとは思いもしなかった。 やはり人間変わるというためには時間がかかる。 しかし確実に変わっていくのだなあと思った。 本当に信じられない。 素晴らしいことだなあ。   コウ

昼寝後、なんとなく不安になった。

こんにちは、ペルーにいるコウです。 「不安」 というものが湧いてくることが結構ある。   昼寝をした後、なんとなく不安になった。 今日はペルーの日曜日、特にすることもなかった。 昼飯にラーメンを食べ、 ホステルにいるカナダ人の友人と談笑し、 二人でATMに行き、その後自室に戻り昼寝をした。(18時半から19時半くらい。) そして起きた時、なんとなく不安になっていた。 不安な理由 ・明日、カナダ人の友人が他のホテルに移ってしまう(寂しい。関わる人が減ってしまいそうで嫌。) ・パスポートの手続きがまだちょっと不明なまま。ペルー人達の対応は日本ほどしっかりしていないので解決するか不安。(無駄にずるずるとペルーで過ごしたくない。) ・今日1日そんなに何もしていない。(成長しなきゃ的な。) ・明日朝早起きしなければいけない。(6時半) ・朝起きて少し仕事をする。それが少しストレス。(うまく行くかなあ的な。) ・カナダ人の友人に話しかけすぎとうざがられていないだろうかと不安。 多分こういう感じのことが不安として頭にある。   どうせ全部なんでもない どうせ全部なんでもないし、ただ単に被害妄想したりしてるだけ。 それはわかってはいるが、少し不安になったりする。 何かが代わりに入ってくる カナダ人の友人がホテルを変わっても、どうせ新しい人との関わりができたりする。 パスポートの手続きもどうせどうにかなる だろう。 カナダ人の友人にもうざがられてはいないようだ カナダ人の友人が映画を見ようと誘ってきた。 今日も、一緒に他の友達がいるバー兼クラブ的なところに行く予定だ。 なので俺の思い過ごしだろうと思う。 まあこんな感じの思いも出てくるけどとりあえずゆっくり生きようと思う。   コウ

ペルーで人生で初めて結婚を申し込まれた。

ペルーに今いる日本人男子のコウです。 「結婚して欲しい」 これを人に言われる日が来るとは思ってもいなかった。。 しかも日本人ではなくペルー人に言われるとは。 この件に関して簡単に今日は書きたいと思う。   結婚を申し込んできたのはペルー人 まず僕に結婚を申し込んできたのは、ペルー人の少し年上の女性だった。   出会って2週間で結婚? そのペルー人女性に出会って約2週間、 他のペルー人友達と共に毎日のように飯を食ったり遊んだりしていた。 そしてある日なんの前触れもなく、 「コウ、結婚してくれない?」 というふうなことを言われた。 全く想像もしていなかった言葉に驚いた。 仲が良く、冗談を言い合っていた仲でもあったので、 「いや、無理」 とはっきり断った。   互いのことも知らない、そして理由もおかしい   まず2週間くらいの付き合いで結婚して欲しいというのが意味がわからなかった。 そして彼女自身、 「好きとかじゃなくて、結婚をする必要がある」 と言ってきた。 養子を得るため そして彼女がいうには、 「養子を近々もらいたくて、そのためには2年間結婚している必要がある」 と言ってきた。   なぜ俺 まず養子のことは100歩譲ってわかるが、なぜ俺でないといけないのか。 その当時、彼女との間には体の関係も何もなかった。 ただ単に仲の良い友達的な感じ。   彼女には、ペルー人のセフレ男子がいた そして彼女には彼女のことが大好きなペルー人男子セフレがいた。 なので、 「あのセフレでいいじゃん」 と彼女に言ったところ、 「彼じゃダメなの!コウじゃなければダメ!」 ということを言ってきた。   すごくしつこかった そしてはっきりと無理何度もと伝えたのに、結婚したいとしつこかった。 正直気持ちが悪かった。 だって、明らかに嘘だし、意味がわからない。   日本人と結婚したい おそらくこれだったのだと思う。 はっきりとこうは言ってこなかったが、おそらくそう。 そのセフレ男性はペルー人で、彼は彼女のことが大好きだった。 真剣に付き合いたいと彼女に言っていたらしいが、彼女はそれを断っていた。  …

ペルーにて日本の新しいパスポート更新・取得完了

こんにちは、ペルーなうのコウです。 「とうとう新しいパスポートゲット」 しました。 「長かった…」 と落ち着きたいところですが、まだかなりやることがあり、休めるわけではありません。   ペルーにてパスポート更新後 パスポートを手に入れることが今日できました。 552ソル(大体1万8千円)払い、10年間有効な日本のパスポートを手に入れました。 しかしその後は、 ・入国管理局にパスポート番号が変わったことを伝える ・アメリカ入国のためのESTAの再申請 ということをしなければいけません。 早くペルーから出たい…ですが忍耐して待とうと思います。   帰宅後疲れて寝た 今日は8時に起き、日本大使館にまた行きました。 昨日と同じように入り、手続き完了、パスポートをもらいました。 その後お金を下ろし、次の手続きのための振り込み、そして次はネットでの作業がありました。 が、なんだか難しく、疲れて寝てしまいました。   土日は手続きが進められない そして明日からの土日は役場等々は休みなので手続きは全く進められません。 なのでとりあえず他のことをすることになりそうです。   ペルーで知り合った友人達に会う 今夜はペルーで以前に知り合った友人達(ペルー人、イタリア人)がリマにいるので会うということになっています。 おそらくホステルにいるカナダ人と共に会いに行くと思います。 まあそんな感じです。 ちょっと疲れた、、 フランス語しなきゃならんがやってねえ。。 やぱその国に入るまであまりやる気にならない。 とりあえず小さいことから始めてみます。 とりあえずパスポート更新完了おめでとう俺。 ほな。

ペルーの日本大使館に行って、パスポートの申請をした。

現在もペルーにいるコウです。 「ペルーの日本大使館に行ってき」 ました。 ・日本大使館はどんなところだったか ・パスポートの申請のために何をしたのか ・今日のその後 などなどについて書きたいと思います。   ペルーの日本大使館 今日、ペルーの日本大使館に朝の9時に行ってきました。 起きたのが8時ちょっと過ぎ。 昨晩Googleマップで見たところ、日本大使館まではタクシーで16分かかるとのことでした。 そのため、時間は余裕が十分あると思っていました。 ですが起きてもう一度調べたところ、2倍以上の38分かかると言われました。 朝と夜ではタクシーでかかる時間が違う そんなこと考えもしていませんでした。。 朝は渋滞があるからです。 かなり焦ってタクシーを呼び、階段をダッシュで降りました。 ドアを開けて、待ってくれているタクシーまで走ろうとしたところ、他の車が急に出てきて危うく轢かれそうでした。 「自分アホすぎる」 と思いながらも、なんとかタクシーに乗車、運転手に話しかけながらなんとか日本大使館に辿り着きました。 約束の時間まで1分ほどでした。 マジで、時間にはもう少し余裕を持たないとね。。   ペルーの日本大使館では携帯の持ち込みは禁止 ということで大使館につき、外の警備員に話しかけて案内され、大使館に入りました。 「携帯は持ち込んだらダメだからこの箱に入れて」 ということで携帯は没収。 「暇潰しできねええ」 と思いつつもまあいいかと進みました。   日本人女性による対応 その後日本人女性のスタッフに対応してもらいました。 ・パスポート ・必要書類達(健康問診票、パスポート申請書、証明写真) を出し、呼ばれるのを待ちました。 久しぶりに日本人と関わったので少し新鮮でした。 また、しっかりとしたきれいな建物というのも久しぶりなので少し新鮮。 日本を感じました。   日本大使館では写真撮影は禁止 日本大使館を出てから警備員に質問をしつつ、大使館の写真を撮ろうとしたところ、 「写真はダメだよー」 と言われました。 そのため携帯も内部で没収だったようです。   明日、パスポートの受け取り、と手数料 なんだかんだ簡単に申請が終わり、明日はパスポートの受け取りのためにまた9時に行かねばなりません。 お金大体1万8千円ほど。 結構高いですが、10年間有効なパスポートのためなので仕方ありません。 かつ、これは日本でやろうともどこでやろうともほぼ同じ値段みたいです。   その後は髪を切りました ペルーでは髪を切るのに大体500円〜700円くらいでいけるので、最近2回ほど切ってみていました。 人生で久しぶりにこんなに短く切ったというくらい結構短いです。…

ペルーでのストライキによってバスが立ち往生したの怖かった件。リマに到着。

こんにちは、ペルーにいるコウです。 昨日書いたのですが、アレキパという街からペルーの首都であるリマに、昨日バスで向かっていました。 そこで、 ストライキによってバスが足止めを食らいました。 ・ペルーのストライキとは ・何が起こったのか などなど書きたいと思います。   ストライキで急にバスが止まった 大体アレキパを出てから3時間ほど経った頃、周りも暗くなってきていました。 そこで急にバスが停車。 少しの時間で終わると思っていたのですが、なかなかバスが動きませんでした。 おかしいと思ったので他の乗客に、 「なんでバスが動かないの?」 と聞くと、 「漁師のストライキで道が塞がれてるんだよ」 と言われました。 漁師のストライキ 「漁師のストライキで道を塞ぐって何?」 と思う人もいるかもしれません。 僕はピサックという街にしばらくいたことがあったのですが、 その時やアレキパにいた時などもよく、 「今ストライキで道が塞がれてるらしいよ」 というのを耳にしていました。   ペルーのストライキでは道を塞ぐ そう、ペルーではなぜかストライキで道を塞ぐんです。 実際にピサックにいた時はその光景を見ました。 道が石や木で塞がれていた 実際に、石等を道に置いて塞いでいました。 タクシー等で道を通る時はゆっくり行って石等を避けなければなりませんでした。   バスがストライキで立ち往生 今回も同じように石等が道に置かれていたためバスが止まらなければならず、立ち往生状態となりました。 おそらくたくさんのバスや車が石等を避けなければならず止まっていたのかと想像しています。 バスの中にいたので何が実際に起こっていたのかは見えませんでしたが、2、3回少し動いただけで、1時間は止まっていました。 怖かった 僕にとっては初めてバスがストライキでペルーで止まったという経験でした。 正直結構怖かったです。 旅行は一人でしているし、 ストライキをしている人たちがバスに向かって攻撃をして物を奪ったりするのではとか思ったからです。 実際にそういう話も聞いたことがあったのでかなり怖いと感じていました。   何事もなくバスは動き、リマへ ですが結局何事もなく1時間後にはリマに向かってまたバスは進み始めました。 18時間半後、リマに到着し、以前にも宿泊したホステルへ。   フランス系カナダ人と知り合う そこでフランス語が母国語のカナダ人と知り合い、彼と日本食料理屋に行き、夜はおすすめのバーに行きました。 英語まだまだ伸ばさないとと痛感。 逆にスペイン語はまあまあいけるじゃんと思ったり。 いつもは逆の気持ちだけど。   明日は日本大使館へ 新規パスポートの申請をしに行きます。…

リマへ向かい中なう。ペルー人は「大好き」と言う。

こんにちは、今もペルーにいるコウです。 2週間の予定が4ヶ月近くいる今。 まさかだわ。 「リマ行きのバスなう」 です。 ・なぜリマにいくのか ・リマ行きバスに乗るまでのお別れ等 ・ペルー人達から言われた大好きという言葉 ・今の心境 等々描こうと思います。 ではでは。   リマへ向かい中 ということで今リマに向かうバスに乗っています。 めちゃ揺れる涙 車酔いの薬を買い忘れるとかほんまに痛恨のミス。 しかし今のところ酔ってはいない。 ペルーではバス酔いの薬を常に携帯すべし マジで信じられないくらい左右に揺れる。 スピード出させないためのブロックで縦にもよく揺れる。   リマへ向かう理由 この前ちょっと書きましたが、 パスポートが期限切れに近づいています。 そしてパスポートの有効期限があまりない場合、アメリカやヨーロッパ等で入国拒否される恐れがあるらしいのです。 アメリカは入国拒否一度でもされるとESTAというビザが一生使えなくなるらしく、怖いのでパスポート延長をペルーですることに。 パスポートの延長のため、日本大使館へ パスポートの切替発給申請、そして翌日にパスポートの受け取りと行います。 その後移民局に申請等しなければいけないらしい。 そしてESTA再申請。 その後、アメリカへ!   今日バスに乗るまで バスには16時に乗る予定だったので、まあまあ時間があった。 良くしてくれていたペルー人たちから電話がきたり、メッセージをしたり。 1ヶ月滞在したホステルのおばちゃんと会話したり。   ホステルのペルー人おばちゃんに見た日本との違い ホステルには1ヶ月滞在しました。 そこでオーナーのおばちゃん(55歳くらい?)と結構話していました。 おばちゃんの親族が亡くなって落ち込んでいた時にも話したり、助けてもらったりした。 一人部屋で大体1日1000円でした。 まあそれは置いといて、 おばちゃんと最後にハグした時、 「体だに気をつけてね、大好きだよ」 と言われました。 ペルー人は「大好き」と言ってくれる  おばちゃんと恋愛関係にあったとかは断じて無いのですが、 おばちゃんだけではなく友達たちも 「大好きだよ(Te quiero)」 という言葉をかけてくれたのです。 日本では言いませんよね。 いやあ、すごいわペルーと思いました。 日本との違いに驚く…

ペルー、アレキパを去る。さよならはいつも悲しい。

ペルーはアレキパという都市に来てから大体1ヶ月半。 とうとう去る日が来てしまった。 「さよならはやはり寂しい」 と感じる。 ・友達にさようなら ・ダンスを習っていた仲間にさようなら ・よく通っていたお店の店員さんたちにさようなら ・ホステルの人とももう会えないだろう などなど思うと、うやはりさみしい。   アレキパまじ良かった ペルーに来てから一番いろいろと深く経験した場所? うーん、ピサックという他の街もいろいろと経験させてもらった。 けれどやはりアレキパが一番かなあ。 ・ダンスを初めて習った ・たくさんの人、特にペルー人たちに出会った やはりこういったことが理由だよ。 昨日出会った人と連絡取り合っていて、この人ともう会えない可能性があるのがきつい。   でも多分慣れるし忘れる うん、そう思う。 4年間旅してきて、何度もいろんな場所に移動してきた。 さみしい思いや後ろ髪引かれる思いを何度もしてきたけど、結局次の場所次の場所で優しい人たちに出会ってきた。 慣れるし、新しい人たちとの関係が必ず生まれるからまあなんとかなると思う。 でもやはりさみしいね。   フランスが難しそう ペルーはスペイン語、次行くアメリカは英語だからそんなに難しいことは起こらないと思う。 チリはスペイン語話せなかったからまじできついこと多かった。 フランスがフランス語だから、おそらく苦労すると予想している。   ペルー、アレキパ帰ってきたい アレキパ、良かったなあ。 帰ってきたい。 これはカナダにいた時も思った。 「いつか帰ってきたい」 「良くしてくれた人たちにまた会いたい」 とか。 だけどやはりなかなかチャンスが来ない。 一度行った国にまた行くというのもあんまり興味が湧かないのもある。 と言いつつアメリカもフランスも一度ずつ行っているけど。   どこでもドア欲しい。 どこでもドアがあればペルーにも他の場所にもいつでも来たい時に来れるのになあ。   フランス語の勉強をしなければ 数週間前まで毎日勉強してたけど最近ずっとしてねえ…しなければ。 フランスでチリの時みたいな思いはなるべくしたくない。 ペルーとアメリカで準備を少しでもしないと。 しかし、結局はフランスに行ってからたくさん学ぶことになるのだとも思う。 チリで言語の壁にぶち当たることでたくさん学んだから。 何か困ったことがあるたびに単語を調べ、文を作り、話す。 そうして勝手に学んでいったのだと思う。 進もう。 さようならみんな、また会う日まで、元気で。…

ダンス始めて良かった。踊ることで広がる人生。

この1ヶ月ほどほぼ毎日何らかのダンスを経験してみた。 ・サルサ ・バチャータ ・ロッキン ・ヒップホップ ・ポッピン などなどのダンス。 結局ロッキンとの縁が強くてより多く学んだけど、本当に踊るの楽しい。   ダンスをすると人との関わりが増える どの趣味もそうだと思うけど、やはり人との関わりがそれを通して増えるのが素敵なことだと思う。 ・ダンスの学校での生徒や先生との交流 ・知り合った人からの知り合いの輪 ・先生と公園で踊って、そこからできる人との新たな繋がり こういうことが起こって、人と繋がれた。   ダンスを踊ることで人生が広がる まだまだ学んでいるところで、そこまで踊れるわけではないけど、楽しい。 人生が広がったことは間違いない。 音楽がかかっていても、過去にはただ頭を振ることとか足踏みすることしかできなかった。 だけど今はステップを踏んだり、手や体全体を動かして踊れる…。 これ本当に素敵なことだと思う…。   クラブが好きになった クラブというものの良さをほぼ全くわからずにいた人生だった。 うるさい、深夜、酒、タバコ、とかあまり好きではないし、踊り方なんて全く知らなかった。 男女の出会いの場という意味でのみ理解できていたけど。 今は音楽がかかっている場で踊るのが楽しいと知った。。   一緒に行く人にもよる もちろん、一緒に誰と行くかで変わる。 ダンスの先生、ダンスの友達といった時は踊ることに集中していた感があって、それがすごく楽しかった。 みんなで踊って、自分たちの輪に他の人が入ってきたりするのもどちらかというと好きだ。 ただ、昨日はダンスとはあまり関係ない人たちと行って、楽しみ方が全然違うということを知った。 一緒にいった人の一人はオランダ人だった。 彼はクラブ内でどんどん自分から知り合っていくのが好きな人だった。 それも楽しいけど、俺はもっとしっかり踊りたいと思った。 人によって楽しみ方が違うというのを知れたのは興味深かった。 そのオランダ人はしばらくするといなくなった。。笑   公園でダンスをし、人と知り合う 今日、先生と公園で練習した。 彼はいつも、人通りがある程度あるところで踊りたがる。 それが俺はあまり好きではなかった。 というのも俺は踊り方をあまり知っていないことや、単純に恥ずかしいという思いがあったから。 今日 今日は人通りが少ないところを選べたけど、先生は人通りがあるところが良いといった。 俺は嫌だったけれど、まあいっかと思ってそこで踊った。 一つ前の記事にも書いたけど、 しばらくしたら、 「どうやって踊るの?教えて?」 と20代くらいのペルー人男女が言ってきて、話をしたりした。   公園で踊ることに慣れる 最初はすごく緊張していたし嫌だったけど、思った以上に踊れるようになっている自分への驚きと感動、先生ともう一人友達が一緒だったこと、教えてと言ってきたペルー人たちなどなどの良い雰囲気で、…